「物価高を上回る所得増」は イバラの道
◇ 岸田首相の公約は達成できるのか
岸田首相は30日の施政方針演説で「ことし、物価高を上回る所得を実現して行きます」と公約した。春闘での賃上げ、6月に予定する所得税・住民税の減税、それに物価の沈静に賭けた約束だと言える。また岸田首相は「賃金の上がることが当たり前だという前向きな意識を、社会全体に定着させてまいります」とも力説した。たいへん結構な政治目標である。だが、その実現はかなり難しいことも確かなようだ。
昨年の春闘では、平均3.6%の賃上げが実現した。岸田首相は「ことしはそれ以上の賃上げ」を強く期待しており、民間の予測も3.85%という高い数字を出している。また政府は6月に、1世帯当たり4万円の所得税・住民税の減税を実施する方針。さらに物価も最近は沈静化の動きをみせている。したがって、首相の公約は達成されそうにみえないこともない。
だが、その道は険しい。まず春闘の数字は、主として大企業の結果しか表していない。中小企業や零細企業で働く約7割の雇用者が、もっと低い賃上げ率になることは避けられない。また非正規雇用者を多く抱えるサービス業は、賃上げ分を価格に転嫁しないとやって行かれない。すると物価が押し上げられてしまう。
さらに岸田首相は、医療や福祉の分野で働く人の公的賃上げについても触れたが、これらの雇用者に対する賃上げ率は明らかに物価上昇率を下回っている。それに4000万人も受給している年金は、実質減少となった。岸田首相の任期は9月で切れるが、そのときには「年内に物価高を上回る所得」が実現できそうかどうか、見通しが付くだろう。
「金利のある時代」が やってきた!
◇ 日銀はまだマイナス金利に固執しているが
日銀は先週23日に開いた政策決定会合で「大規模金融緩和政策の維持」を決めた。相変わらずの現状維持である。植田総裁は記者会見で「賃金上昇を伴う持続的、安定的な物価上昇を実現する見通しの確度は少しずつ高まっている」としながらも「どの程度高まったかの判断、定量的な把握は非常に難しい」と説明した。要するに年が明けても変化はなし。日銀は石橋を叩いても渡らない。
ところが市場では、日銀が上半期中にもマイナス金利の解除に動くという観測が急激に広まっている。たとえばQUICKが外国為替市場を対象に実施した調査では、1-3月中が36%、4-6月中が43%という結果。石橋を叩いている日銀の尻を、民間が後押ししている格好だ。これはさすがの日銀も、そう長くは持ち切れないだろうという予想。それに金融環境を早く正常化してほしいという市場の要望を反映した動きに違いない。
そして実際に「金利のある時代」が、出現し始めた。たとえば三井住友信託銀行は、5年もの定期預金に0.6%、2年もの定期に0.4%の金利を付けると発表。またauじぶん銀行が1年もの定期に0.35%の金利を付与するなど、いくつかの銀行が定期預金の金利を大幅に引き上げた。この結果、銀行全体の預金残高は1年以上の定期預金が減少、1年未満の定期預金が急速に増えている。
これは今後さらに金利が上昇する場合に備えて、おカネを動きやすくしておく措置。預金者はすでに、金利はもっと上がると考えているわけだ。金利が上がれば預金者は喜ぶが、借金をしている企業や個人は負担が増す。いずれにしても金利の変動を予知して、行動することが大切になってくる。日銀が重い腰を上げたあとでは遅い、と考えるべきだろう。
問題は 非正規雇用者の賃上げ率
◇ 人手不足で上がりそうだが・・・
総務省は30日、昨年12月の労働力調査を発表した。それによると、就業者数は6754万人で前年比38万人の増加。これで増加は17か月間も続いている。コロナ規制の解除で仕事が増え、人手不足で賃金が上昇した結果だろう。失業者は156万人で、前年比2万人の減少。完全失業率は2.4%で、前月より0.1ポイント低下した。雇用面からみた経済の状態は、まずまず順調だと言っていい。
雇用の変化を業種別にみると、最も雇用が増えたのは製造業で前年比28万人の増加。次いで宿泊・飲食サービス業が21万人、情報・通信業が19万人など。製造業は半導体など部品不足が解消、また宿泊・飲食サービス業はコロナ規制の解除で経済が正常化したことが大きい。一方、雇用が減少したのは金融・保険の24万人減、卸・小売り業が3万人の減少だった。
雇用の状態をみると、正規の職員・従業員は3592万人。前年より21万人増えた。ところが女性が24万人増加したのに対し、男性は3万人減少した。これはどうしてだろう。一方。非正規職員・従業員は2173万人で、前年比39万人の増加。非正規雇用者の増大傾向は、いぜんとして続いている。なかでもバイトが23万人も増加した。
大企業のことしの賃上げ率は、昨年を上回りそうである。そこで全体として賃上げ率が物価上昇率を上回るためには、中小企業やサービス業の賃上げ率が重要になってくる。その賃上げが十分でないと、経済の好循環は生じない。ところが、その賃上げが大きすぎると、中小企業やサービス業は値上げをしなければやって行かれない。すると物価が上がり、好循環は現われにくくなってしまう。そこのところが難しい。
大型ビルに 「耐震化マーク」を!
◇ 災害時の人的被害を減らすために
能登半島地震から1か月。被害の大きさは、想定以上に大きかった。テレビでは痛ましい映像がたくさん流れたが、なかでもコンクリート製のビルが横倒しになった画面にはびっくり。こうしたなか日経新聞は12月31日付けの朝刊で「ビル倒壊 首都圏もリスク」という記事を載せた。たしかに首都直下型地震が起これば、いくつものビルがあのように横倒しとなりかねない。
ただし、この記事はとても分かりにくい。申し訳ないが、悪い原稿の見本のような記事だった。たとえば見出しからみると「首都圏の耐震不足が1100棟」と受け取れるが、記事を読んでみると1100棟はは全国の数字。それでも大型ビルの耐震化が遅れており、その進捗が急がれることは理解できる。記事では「旧耐震基準で建てられた全国の商業ビルなど約1万1000棟のうち約1100棟が、震度6強以上で倒壊や崩落の危険性がある」という国土交通省の集計を紹介した。
首都直下型地震は、今後30年以内に70%程度のの確率で起こると予測されている。南海トラフ地震も、40年以内に約70%の確率だ。だから首都圏や関西圏も、ビルの耐震化は急がなければならない。しかし実際問題として、古いビルの耐震化には巨額のカネがかかるから、ここ数年のうちに完了するというわけにはいかないだろう。そこで・・・。
大地震が発生したとき、街を歩いている人はどのビルに逃げ込んだらいいのか。その選択を間違えると、大変なことになる。そこで、たとえば5階建て以上で安心なビルには「耐震マーク」を付けたらどうだろう。目立つ場所に目立つマークを付けるようにすれば、人々はどのビルが安全かを自然に覚えてしまう。費用も掛からないし、耐震化の促進にも役立つのではないか。
大いなる矛盾!? 年金2.7%上げ
◇ 実質収入を下げていいのか
厚生労働省は、24年度の公的年金支給額を「前年度比で2.7%引き上げる」と発表した。この引き上げ率は32年ぶりの大きさ。ただ本来なら3.1%の増額になるべきところが、マクロ経済スライドの適用によって0.4ポイント減額された。このため年金の増加率は物価の上昇率に及ばず、実質収入はマイナスになる。年金生活者の生活は、それだけ苦しくなるわけだ。
マクロ経済スライドは、年金の増加率を物価や賃金の上昇率より低く抑える措置。将来世代の負担が重くなりすぎないように、04年の年金改革で導入された。これによって、24年度は国民年金で年3100円、厚生年金は年1万1500円程度の目減りが生じる。だが将来世代の負担を考えると、この措置は仕方がないのかもしれない。
しかし少し目線を変えてみよう。政府は「物価の上昇を上回る賃上げによって、経済の好循環が生じること」を熱望している。岸田首相は22日に開いた政労使会議でも「昨年を上回る水準の賃上げをお願いする」と要望した。この観点からすると、年金生活者が実質的な減収となるのは歓迎できないのではないか。なにしろ公的年金の受給者は4000万人以上もいる。0.4%の目減りにしても、その影響はきわめて大きい。
仮に大企業の賃金引き上げ率が、ことしは5%に達したとしよう。だが雇用の7割を支える中小企業の賃上げが1%だったら、全体の賃上げ率が物価上昇率を超えることは難しくなるかもしれない。そのうえに年金受給者の実質所得マイナスが加わったら。こう考えると、経済の好循環など起こりえないのではないか。きわめて単純な疑問だが、政府や日銀の考え方を聞いてみたい。
動かない 日米の中央銀行
◇ 史上最高値圏での綱引き
ダウ平均は先週246ドルの値上がり。3週間の連騰で、終り値は3万8109ドル。また史上最高値を更新した。月曜日にいきなり3万8000ドル台に乗せ、その後は反落したが週末に再び盛り返した。半導体・ハイテクから保険・製薬まで幅広い銘柄が買われている。昨年12月13日に3万7000ドル乗せだったから、40日間で1000ドル上げたことになる。だが過熱感はなく、利益確定売りをこなして着実に上げた。
日経平均は先週212円の値下がり。終り値は3万6000円を割り込んだ。月曜日にはニューヨークの流れを受けて大きく上げたが、火曜日に日銀が大規模緩和政策の継続を決めると、あとは軟調に。訪日外国人観光客の復活や時価総額10兆円を超す銘柄が15に増えたなどのニュースも伝えられたが、株価は冴えなかった。自民党の裏金問題が、なんとなく市場の空気を重くしているのだろうか。
アメリカではGDP速報や小売り売上高など、景気の堅調を示す指標が続出している。その一方で、物価は上昇率が縮小。このため景気後退なしでインフレが収束する‟軟着陸”への期待が高まった。これが株高の大きな原因。ただFRBによる利下げも遠のいたという見方もあって、これが売り要因となっている。ただこの綱引き、いまのところは強気の方が優勢。しかし株価が上がれば、弱気も次第に増えて行く。
今週は30日に、12月の労働力調査。31日に、12月の鉱工業生産、商業動態統計。1日に、1月の新車販売。アメリカでは30日に、11月のFAFH住宅価格指数。1日に、1月のISM製造業景況指数。2日に、1月の雇用統計。また中国が31日に、1月の製造業と非製造業のPMIを発表する。なお31日には、パウエルFRB議長の記者会見。
◇ それでも上げるニューヨーク株式
ダウ平均は先週545ドルの値上がり。終り値は3万8654ドルで、またまた史上最高値を更新した。4週間の連騰となったが、この間の上げ幅は1200ドル弱。比較的ゆっくりと上げている。水曜日にはFRBが金融政策の現状維持を決定。パウエル議長の「2%の物価目標達成に向け、より強力な自信を得るまで利下げは適切でない」という発言に敬意を表して下げた。しかし金曜日の想像をはるかに上回る雇用者の増加に対しては、むしろ景気の堅調さを評価して上げている。
日経平均は先週407円の値上がり。終り値では3万6000円台を維持している。1月は2800円を超える値上がりとなったため、やや買い疲れの様子が見えなくもない。外国人投資家は年初の4週間で1兆8909億円を買い越した。その後も資金の流入は続いているが、規模は縮小している模様。特に中国関連株は売られているようだ。
アメリカでは巨大IT5社がそろって好決算を発表するなど、景気の堅調さが再確認されている。このため市場ではFRBによる利下げが遠のく心配よりも、経済の軟着陸への期待の方が大きくなりつつあるようだ。ただ一部の地方銀行で不良債権問題が浮上してきた。これが金融不安にまで発展するかどうか、慎重に見守る必要がある。
今週は6日に、12月の毎月勤労統計、家計調査。7日に、12月の景気動向指数。8日に、1月の景気ウオッチャー調査。アメリカでは7日に、12月の貿易統計。また中国が8日に、1月の消費者物価と生産者物価を発表する。
◇ その政策理念は全く異なる
RBは1月30-31日に開いたFOMC(公開市場委員会)で、政策金利の現状維持を決めた。パウエル議長は記者会見で「物価が持続的に2%に向かうと自信を持てる証拠がもっと必要だ」「次回3月の会合までに確信できるレベルに達する可能性は低い」と説明している。要するに物価の下がり方がまだ不十分、3月になっても物価は十分に下がらないだろうと予測しているわけだ。逆に言えば「物価が十分に下がれば、利下げする」ということになる。
日銀は1月22-23日に政策決定会合を開き、現在の大規模緩和政策の維持を決めた。植田総裁は記者会見で「政策転換の前提となる2%の物価安定目標についての確度が少しずつ高まっている」「出口についての議論を本格化させて行くことが必要だ」などと説明した。FRBも日銀も現状維持、動かなかった。だが、その姿勢は全く異なっている。日銀の場合は「何がどうなれば、マイナス金利から離脱する」かを明確にしていないからだ。
ニューヨーク株式市場はFRBの決定を受けて、その日のダウ平均は317ドルの下落となった。しかしすぐに反発し、史上最高値を更新している。FRBの説明を聞いて利下げの時期は遠のいたが、経済の軟着陸は期待できると考えたからだろう。これに対して、日銀の説明はよく判らない。たとえば「物価が上がったら利上げ」は、理論的にもあり得ない。では物価が2%まで下がったら利上げするのか。植田総裁の説明からは、そうは読み取れない。
要するにFRBの目指すところは鮮明だが、日銀は何を目標にしているのか判らない。このため日本の銀行はあてずっぽうに先を読み、定期預金の金利を引き上げ始めた。預金が流出しては困るので、この動きは急速に多くの銀行に広がる可能性がある。もし3月にマイナス金利を解除することになると、日銀は民間の動きに追随する形となる。もし解除が4月以降になると、アメリカやヨーロッパが利下げをする最中に、日本だけが利上げする形になりかねない。
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